秦の想い | BLOG
花火大会
広島から帰宅、実家と自宅でそれぞれ調子の悪い人と寄り添い、夜はヨ コハマの花火に。
散々お世話になったにもかかわらず、とても懇意にしてくださる娘の恩 人のオタクは東神奈川の32階。
高すぎてよく自分がよくわからない場所であります。この時期だけ転勤 先のアメリカからご帰宅。さそってくださいました。
こういう場所からの花火は初めて。むかしから毎年いっていた伊豆、伊 東の花火を埠頭に寝転がってみていたことが懐かしい。花火にもあたらしいものがドンドンあらわれて、土星のような形のもの、ドラえもんの 顔、スマイルマークなど子どもたちが「あっ!」と言いそうなものもあ ります。
進歩は努力に寄るもので、その花火師さんたちの研究もさかんに違いあ りません。
あの白い光がにょろにょろと上がっている時にはどんなものが表れるの かわかりませんし、うわあ~~の後に「ドーン」がくる面白いタイムラ グ。すべてが「花火」の面白さですね。
花火、私はだまって見ることがやはり好きです。じいっとみていると、 花火師さんに思いを馳せたり、地上ではどう見えているのだろうと想像 したり、32階でみると、球であると実感出来る、、、単色のどちらか というとはかない花火もあれば、白く上がって黄色にちって、そのさ き、5色にわかれるような派手な花火迄、そしてどれ一つとして同じも のはないおもしろさや、そのバランス、雲の行方や、他のビルとのコントラストなど、頭に色々思いは巡り、花火と花火を守って来た日本が感
じられます。派手になりすぎた花火に一石を投じる人が、作った花火な んだろうか、、、と墨絵のような花火に話しかける事ができて楽しかっ た。
なんでもそうですが、花火を見る、花火を見る事を楽しむ、花火をみる ことで集まるのを楽しむ、花火をみながら食べたりのんだりワイワイい うのを楽しむ。人の楽しみ方って本当に沢山あって、どれもこれも「楽 しむ」とあらわすと同じに聞こえてしまう、じゃあ、どうやってあらわすか、、、そういうことが歌詞を考える時には頭をつかいます。
もともと作詞家ではないので、どうあらわしたらいいかは七転八倒で す。みなさまが褒めてくださる即興は、またジャンルがちがって、冷蔵 庫にこれしかない、、、この材料で美味しいものを作る、、、それと似 ています。あの時にはなんの迷いもありません。
昨日、もしもインタビューの方がいらしてくださって、「花火、どうで すか?」ときいたら、どう答えるでしょうね。答えないのが一番の答え かもしれませんね。花火は、見たままです。解説すればするほど遠くな る、、、そいうものが世の中にある。
広島の瀬戸内海に面したあのこんもりしたトトロが出そうな森をなんて 言えばいいのでしょう?花火も森も、そのまま心に留めるのが今の所、 一番その気持ちに正直なんだと思います。人のこころの数だけ、感情や 感じる気持ちはあって、そこまで思いを馳せても馳せきれない、、、だ から、どのようにでも取れる歌詞、、ポワーンとしたものを伝える歌 詞、もやもやと形のないものを伝えられる情けない歌詞、、、を考える のがすきなんだなあ。
でも、本職は作曲なんだなあ。だからむっずかしいんだなあ。これが。
- 秦の想い
- スタッフの想い
- オラウータン
- 月別アーカイブ
- 2012 年 2 月 (11)
- 2012 年 1 月 (32)
- 2011 年 12 月 (18)
- 2011 年 11 月 (16)
- 2011 年 10 月 (18)
- 2011 年 9 月 (20)
- 2011 年 8 月 (12)
- 2011 年 7 月 (10)
- 2011 年 6 月 (13)
- 2011 年 5 月 (8)

